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目的を外す

「これはこう使うためのものではない」とよく言われます。

樹脂製の衣裳ケースを押し入れに積み重ねて、写真のネガやプリントを保管していたのですが、引っ越しのたびに、業者から「重すぎる、こういう使い方をするものじゃない」と怒られました。

昔いた学生寮で、入学後そんなに経ってない頃だったと思いますが、鍋に皿とかを重ねて入れて蒸し器の代わりに使っていたところ、「こんな変なことするのはお前だと思った」と言われました。今考えてもなかなかうまい工夫だと思うのですが、使った食器と重ね方は確かに奇妙だったかもしれません。そして、私の思考様式・行動様式の特殊さはわりとすぐにバレていたようです。

商品について店員に質問する、あるいは製造元に問い合わせする場合、本来とはちがう使い方についての内容であることが多いので(本来の使い方についての疑問なら、今どき検索すればたいてい解決します)、通じない・対応に苦慮されることが多いのです。

道具の目的外使用は、あり合わせのもので当座の必要を間に合わせようとする、代替の場合が多いでしょう。ただ、時に、きわめて特殊な、あるいはこれまで行われなかった用途で、そのための道具がないので、既成の道具でどうにかやりくりする、という局面もあります。いずれにしろ創意工夫の発露であって、基本的にはすばらしいことだと思うのですが、世間では(少なくともこの国では)いくぶん道を外れた不届き者扱いに結び付きがちのようです。

あてがいぶちの道具を、設計された通りの用途で使っている限り、できあがった枠の中での処理しかできません。道具の目的外使用は、道具にこびりついたお仕着せの目的を剥ぎとり、こちらの目的へ強引にはめこみなおすことです。それは目的を外れることですが、目的の喪失ではなく、むしろ自分の目的を強く意識することではじめて可能になります。またそれは、道具にあらかじめ与えられた文脈を組み替えることなのかもしれませんが、個人的には文脈ちゅうやつが嫌いなので、小手先の文脈の操作ではなく、道具に付着した文脈の無視、さらには道具をがんじがらめの文脈から解放して自由気ままに使い倒すこと、ととらえたいです。

実際、目的外使用していると、その道具の隠れた性質を発見したり、通常はまず気に留めないであろう仕様を調べ上げる必要に迫られたりして、道具をクリティカルに使うようになります。それは、ある道具について、「こういうものである」と想定された使い途での操作に熟達するという意味での「極める」という方向とはまったく異なる、「探る」、という外在的な視点でのとらえ直しに近いかもしれません。

工業製品には必ず目的が設定されています。流通経路では、製品の目的に沿って分類され、それに基づき売買されます。目的外使用は、こういう整備された目的連関を脱臼させ、独自のルールに従う無法地帯を、ささやかな個人の領分内ではありますが、打ち立てます。

とはいえ、店頭や取引で売買される各種の物品において、目的や用途の明確さにはグラデーションがあります。半導体露光用ステッパーは、少なくとも製品全体としてはその目的にしか使えませんが、ハンカチの用途には幅があります。

そのように目的・用途がはっきりしていたり曖昧だったりする中で、装飾品は曖昧さの最右翼かもしれません。装飾品には装飾用途の美術品が含まれますが、投資用途の美術品は含まれるのでしょうか。位置づけ次第でしょうか。ここからして不明確です。観賞用の皿は装飾品なのか食器なのか。装飾品を実用品として使うと目的外使用なのか。さっぱりわかりません。

手術台の上のミシンとこうもり傘の出会いが意表を突いたのは、明確な用途を与えらえた道具がその用途を剥ぎとられ宙吊りにされたからであって、もともとうろんな用途のものがちょっとずらされたところで大差ありません。美術ギャラリーで流木と鹿の剥製が並べられても、よくあるやつねで終わりです。装飾品とはそんなもの。

あるいはこうでしょうか。換骨奪胎はリジッドな骨格が転換するから鮮やかなんで、タコみたいな高可塑性の軟体動物がイカになってもいっしょです。どっちも擬態しますし(擬態の現象自体はおもしろいですけど)。

「装飾体」の特許出願が厄介なのは、その物品としての目的・用途が明確とはいえないことに起因するのかもしれません。

カテゴリー: 技術 知財

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